恋媛百華繚乱

恋華・8

■side:A■


彼が僕ら二人を残して部屋を出て行って。
暫くして姉さんは意識を取り戻した。
気が付いてまた泣き始めてしまった姉さんの未だ涙の止まらない目元へとキスを贈る。

「それ以上泣いたら本当に目が溶けちゃうよ?」

ずっと我慢していたのだろう。
元々結構泣き虫だった姉さんの、二年分の涙だと判ってはいても痛々しくて。
ぬぐってもぬぐっても溢れてくるそれを飽くことなく吸い取り、背を擦った。

やがて泣き疲れたように泣き止んだ姉さんの顔を覗き込む。
赤く腫れぼったくなってしまった瞼。後で冷やしてやらないと。

「・・・ほんとにアルなんだな」
「間違いなく僕だよ」

頬に手を当てさせて温もりを確認させる。
僕、という存在を改めて認識してもらうために。
僕も姉さんを感じたい。
今、このときに。

いつかの約束、今果たしても良い?
そう囁いたら首筋まで真っ赤になってしまった姉さんがとてもかわいい。

僕を感じたいと泣いた姉さん。
でも鎧のままの僕では姉さんを傷つけてしまうだけだから。
戻ったら姉さんを頂戴って約束したんだ。

今、その約束果たしてもらっても良い?
貴女の全てが欲しいよ。

僕の腕の中、小さく頷いた姉さん。
僕のために失ったものを抱えて生きてきた姉さんを今抱きたかった。

シーツの上に広がる金糸の渦。
身体の下に敷きこまないよう気をつけながら姉さんの小柄な身体を横たえる。
ほんの少し戸惑ったように僕の腕を掴んだ姉さん。
無意識だったのだろう自分の手の動きに慌てて引っ込めた左手の手首に触れるだけのキスをして。
もう一度腫れぼったいままの目元にキス。
僕を想う事で貴女が負った傷は全て僕のものだとそう言ったら姉さんは泣き笑いながら当たり前のように上着を緩めた。
幼い頃から僕が甘えたがるときはいつも胸元を緩めて鼓動が良く聞こえるように抱きしめてくれた姉さん。
そうして抱きしめられると不思議とよく眠れた。
けど今日はそんな意味じゃないこと、もしかして気が付いてない?
僕は貴女を今一人の男として抱きたいんだよ?

ふっと止まった手元。
二つくらいを外したまま戸惑う視線。

「姉さん?」
「いや・・・痣だらけだから・・・」

そう言って躊躇いながらずらされたシャツの合わせ目。
肩や胸には義手を装着するためのバンドが食い込み、義足の繋ぎ目もたこが当たったようになって。
その他にも自由にならない手足のために負ったと思われる傷は数知れず。
こんなにも傷を負って。
僕がずっと傍にいたらこんなに傷を負わせずに済んだろうに。

日の当たらない部分、痛々しく食い込んだベルトを外す。
幾度も皮膚が破れたのだろう、黒く変色し、随分と硬くなってしまっている。
こちらに来てからも苦労をしたと思われる数々の傷に目頭が熱くなる。

今は泣きたくない。
左胸を潰すように走る黒い痣、同様に左胸下から左脇へと走るそれへと口付ける。
こんなになるまで無茶をしていたのかと。


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