恋媛百華繚乱

恋華・3

■side:E■


眠っているとアルの声が聞こえるときがある。
冷たく空気が澄み切った夜。
二つの世界を隔てる見えない壁が薄くなるのだろうか。
呼びかけられる声は幼さの残るハイ・トーンで。
だからきっと思い出の中の声なのだとそう納得させて。
物音のしないそんな夜はただ聞こえる懐かしいその声に耳を済ませて。
自分に禁じた涙をそのときだけは自分に許して。
心の疲弊をほんの少しだけ押し流して、ただ愛しい存在を思いながら眠りにつくのだ。


■side:A■


時折波のように伝わってくる想い。
それは白熱した議論を戦わせている高揚感であることもままあるけれど。
大半がとても寂しそうで。

傍にいたら抱きしめて上げられるのに。
姉さん・・愛しい姉さん。
早く・・・早く帰っておいで。


■side:H■


「きちんと休息とってるの?」

ここのところのエドのあまりにもひどい様子に堪りかねて声をかける。
こういう言い方をしたところが反発してくるだけだって判ってるけど・・・いい加減見てられない。

「そんなんじゃ君の大切な人と再会する前に倒れてしまう」

僕によく似ているというエドの大切な人。
つい最近になって漸く教えてくれた。
その人に逢いたくて研究を続けているのだと。
聞いて謎が解けたかというとかえって謎が深まった感がある。
それはそうだろう。
ロケットに乗って宇宙に出て漸く逢えるかも知れない人ってどういうことなんだろう?
明らかに首を傾げていたらしい僕に苦笑して、ぽつりぽつりと話してくれたそれはこの時代に生まれ育った僕には信じがたいことだらけで。
けれど。
それでエドの飛びぬけた知識の豊富さや考え方の違い、目指すものの違いが納得できてしまったのもまた事実で。
彼女の失われた手足もまたその壮絶なまでの過去から切って離せないもの。
そして最愛の弟。
目の色以外瓜二つだという彼女の弟が誰よりも大切な相手だと聞いて僕は彼女を手に入れる困難を改めて感じて。
・・・いや勝ち目があるのかないのか、それ以前のような気もするのだけど。
僕を見るたびに眇められた視線に漸く納得した。

勝機の殆どない勝負に僕は挑むことが出来るんだろうか。

どちらにしろ彼女が身体を壊すようなことだけはさせたくない。
彼女が大切だと思っているのはかの弟だけじゃない。僕だって同じなんだ。


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