恋媛百華繚乱

恋華・2

■side:E■


出会いのとき、同じように驚いていた彼に一度何故と聞いたことがあった。
ある意味自分の恥とも思える出来事であっただけにかなり口に出すには勇気がいったけれど。

こちらの世界に来る前一度だけ心が飛んできたことがあった。
その時自分が入ったのが多分こちら側の自分に相当する存在だったはずだから。
彼女はあの時飛行船の墜落事故に巻き込まれて命を落としたはずである。
自分達が姉弟として近しい存在であった、それに相応するように近しい存在であったとしたら・・・そんな思いがずっと打ち消せずにいる。

「君によく似た子を知っていたよ」

それは一番恐れていた答えだった。
幼い頃から結婚の約束をしていた幼馴染がいたという。
今はそれぞれの研究が面白くて仕方がないけれど、もう少し落ち着いたら一緒になろうと。
少女はある男の秘書のようなことをしていたという。

--------------それが父であることは聞かなくても判ってしまった。
そして彼女がどんな最期を遂げたかも。
まさにその瞬間、自分は彼女の中にいたのだから。
遠のく意識の中、感じたのは恋しい相手への想いであったか。

「正直・・・彼女が戻ってきたのかと思ったよ」

すぐ違うことは判ったけどねと淋しそうに笑った顔。
記憶の中に存在しない表情になぜか安堵した。
一つ一つ違いを見つけなければいけないほどによく似た存在。

アル・・・早くお前に会いたい。


■side:H■


亡くしてしまった彼女によく似た少女。
不自由な身体をものともしない彼女のあり方にきっと僕はいつの間にか魅せられていたんだろう。
いつしか僕は彼女自身を愛するようになっていた。
けれど彼女は必要以上に周りに拘ろうとはせず、一人で黙々と研究を続けていることが多く。
僕が周りを含めた全員での論戦に誘った時だけ参加してくる。
多分僕と二人きりになるのを避けているのだ。
それは初めて逢った時のあの表情へと全て繋がっている気がする。
僕と彼女の間に出会いの時からある見えない・・・そして僕にとって理不尽であろう溝。


■side:A■


僕から失われた四年の月日。
初めて聞いたときは正直かなり戸惑った。
けれど。
少し見なかった(と僕は思った)間に小さくなってしまったピナコばっちゃん、綺麗になったウィンリィや見知らぬ軍人さん達。

何よりもいつだって傍にいた姉さんがいない。

信じるしかなかった。

僕の記憶は片足を失いながらも必死に僕に向かって手を伸ばしているところで途切れている。
僕を取り戻すためにあの手まで失い、失った手足の代わりに女性にはあまりにも酷な機械鎧を取り付けて身体を取り戻す旅に出たという。
錬成の媒介として探していたという賢者の石、それをどこかで手に入れ、更に自分自身を引き換えに“僕”を取り戻したのだろう、というのが軍人さん達の中で一番えらいらしい人がしてくれた説明だった。
僕は周りの皆がしてくれる話の中の姉さんのあまりにも強くあろうとしていた姿に涙が止まらず自分を犠牲にしてもいいほどに愛されていたこと、今なおその想いが僕を包んでくれていることに胸が潰れそうになる。
そして同時に湧いてきた多分理不尽な怒り。
僕は誰の犠牲も、ましてや姉さん自身の犠牲を踏み台にしてなんて元に戻りたくなかった。
どんな姿でだってただ傍にいて欲しかったんだ。
少し時間を置いて聞いた話を噛み砕いて、僕自身の中が落ち着いて。
あることに気が付いた。
姉さんの『死』にだけ僕が全く納得していないこと。
他のことは理不尽と思ったりしてもそれはそれでなんとなく僕の中に納まったのに、姉さんの存在が永久に失われてしまった事にだけはどうしても納得いかないのだ。

どこか、で生きていると。

突拍子もない考えとは思う。けれど。
姉さんはもしかしたら違う世界にいるのではないかと。
考え至ったところで不思議と納得してしまった。
もしかしたら帰れなくなって途方にくれているのかもしれない。だとしたら見知らぬ人ばかりの中、一人きりで彼の人はどうしているのだろう。ああ見えて結構淋しがりだから今頃随分と心細い想いをしているんじゃないかって。
そう思ったら不思議とパワーが湧いてきた。
姉さん・・・貴方と共に悩み苦しんだ四年間を取り戻し、必ず貴女自身も取り戻す。
貴女もきっと僕の元へ戻ってこようと努力しているはずだから。
再会したら貴女を抱きしめて言ってやろう。
僕が知らない貴女の話を他の人から聞かされてすっごく悔しかったんだって。


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