恋媛百華繚乱

恋華・1

■side:E■


幼い頃、二人よく見上げた青い空。
空の蒼を映しこんだ青い瞳がこの身を捉えるたびに胸が締め付けられる。
最愛の存在に酷似した、けれど間違いなく違う存在。
出合った時、一瞬見間違えて硬直してしまった。
かの存在が成長したなら確実にこうなったであろうと思われる容姿。
知らず零れた涙は止まらなくて随分周りを困惑させてしまった。
けれど。
無意識のうちに探していた存在はやはり全てを共有してきたかの存在とは違っていた。
判っていたはずなのに覚えた失望。
ありのままの自分を映していた金の瞳がこんなにも恋しい。

■side:H■


出合った時からその傾向はあったけれど、最近の彼女の様子はどこか鬼気迫るものを感じる。
というよりも焦りだろうか。
睡眠もあまり取れていないようで、目の下にうっすらと浮かんだ隈がここのところ消えたことはない。
ひどいときなど食事しながら舟を漕いでスープに顔を突っ込みそうになったことさえある。
あまり詳しいことを聞いた訳ではないけれど、彼女のそれが僕の望みと全くイコールではないことだけは判っている。
この研究は彼女にとっての手段でしかないこと。
それを悔しく思わない訳ではないけれど。

小さな形に似合わぬ意志の強さ。
同世代の、それも異性が共同研究者だと告げられたとき、正直馬鹿にされてるのかと思った。
それまで同世代と話してても得られる物など何もなかったから。
実際に彼女、エドワード・エルリックに逢って議論を戦わせるまで僕は完全に相手を舐めきっていた。

同年代と聞いてたよりはるかに小柄な身体。
動きのぎこちなさから右手と左足が不自由であること、無事な左手で書かれた文字はかなりの悪筆で周りの全員をして『解読不能』と言わしめたほど。
そんな彼女の手跡を、なぜか初めから僕だけが難なく読めて。
以後解読役を仰せつかってしまったのは余談。

実際に討論を始めてまもなく、僕だけでなくその場にいた誰もがエドの組み上げた理論に度肝を抜かれた。
少々奇抜でありながらも綺麗に纏め上げられた理論。
この研究室での研究が最先端だと思ってた自負がこてんぱんに崩されて。

なのに見つめている先が違う。
あっさりと自分の目的のための手段なのだと言ってのけた彼女に始めはひどく反発した。
今思うと悔しかったのだろう。
これだけの理論を組み上げるだけの力を持っているのにそれをあっさりと手段と言ってのけたエド。

けれど。

いつから・・・いや気が付かなかっただけだろう。いつも彼女が僕を見つめていること、その瞳が僕を通して誰かの姿を探していることに気づいてしまった。
最初のそれのせいで他の研究生達からは少し間を置かれてしまった彼女の切ない視線。
僕らがいろいろ討論しているときに感じる視線は何よりも雄弁で。
いつだって遠巻きにしてるくせにふと視線を感じて顔を上げるとどこか切なげな顔でいつもこちらを見てる。
どうしてそんな切ない目で僕を見るの?

同じ下宿で寝起きするようになって暫く。ようやく少しずつ会話らしい会話をするようになった。
もっとも専ら管理人さんのおかげのようだけれど。
女性であるはずの彼女であるが、ひょんなことからエドがかなりのフェミニストであることが判って。
自然にでるそれに正直、驚いた。
まさに男の視点だったからだ。
そんなとこから彼女の今までが「男っぽい」ではなく、まさに「男」として過ごしてきたのではないかと思われて。
彼女のあの手足にももしや関係するものなのだろうか。


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