恋媛百華繚乱

駆け引きの唇




* * * * *



フロアに流れる音楽と人のざわめき。
煌びやかに着飾った人々の表面を取り繕った笑顔。
虚構の空間での偽りの仮面と様々な思惑。
それらの全てが今のオレの神経を逆撫でして仕方がない。
元々オレはこういう場所は好きじゃない。
誰も彼もが着飾って、やってることは目的はどうあれ腹の探りあいばかりだ。

なんて。
実際のところオレのイライラの原因は別にある。
イライラするから元々好きでないこういう場所から何から全部が癇に障るんだってこと。周りに群がってるやつらもいい加減ウザいせいもあるけれど。

オレの視線の先、少し離れたところで女の子たちに囲まれてるアルフォンスの姿。
普段からあたりの穏やかな弟はどうやらよほどもててるとみえて、あちこちで捕まってる姿を見かける。
オレの自慢の弟だ。嫌われるよりかはどれほど良いかってのは頭では判っちゃいるのだけど、姉でありながら同時に恋人という立場に立つオレとしてはどうにもやっぱり収まらないものがあるわけで。
ただ普段からそんなことで騒ぐのはオレの性に合わない。つか言い出したらキリがないからオレ自身も、そしてアルもキツくなっちまうんじゃないかってなんとなく思ってしまって。
出来るだけそのあたりはスルーしようとしてるってのにあのヤロウ。飲み物取りに行くのにどれだけ時間かけてやがる。
あいつの心が今更俺から離れていくとは思わないけど、それとコレとは同じようで別物で。妬心とはかくも厄介なものかと改めて思ったりもしてるわけだけれど。
いい加減その着飾った花たち押しのけてとっとと戻って来い。

オーラが届いたかどうかは判らないけれどようやく戻ってきたアルフォンスを重々しいカーテンの陰に引きずり込む。いい加減まわりに群がってるやつらの相手もウザくて仕方なくて。気分はサイアクだ。
オレの機嫌が急降下してるのに気がついたんだろう、何か言いかけてたのを飲み込んだアルは引っ張られるままにカーテンの陰、それもオレがアルの影に隠れるようにして位置取りして経つとオレの顔を覗き込んでくる。
アルの目にオレしか映ってない、それであらから機嫌は治っちゃいたけれど。
かがんだアルの襟元を捕まえるとそのまま濃厚なキスをかましてやった。
唇を離したときに口紅が移ってるのを確認して内心してやったり、と思う。
無言の主張は先ほどの花たちを牽制するのにうってつけだろう。ザマーミロ。
コイツはオレのもんだ。


こういった式典後の無礼講はどうにも皆が皆どこか浮かれてるせいかハメをはずしやすいらしく、普段なら寄り付いても来ない人たちまでもが声をかけてくる。早く姉さんのところに戻りたいのにな。
今日の姉さんはすごく不本意そうだったけどきっちりとドレスアップしてる。サラリとした素材の黒のドレスは体のラインに沿って落ちる少し重みのあるもので。滅多に差さない口紅と相まってストイックさと艶っぽさの絶妙のバランスが一種の近寄りがたさをかもし出している。今の姉さんに声をかけられる度胸のある人はそうはいないと思うけれど、それでもやっぱり傍にいたいんだ。
やっとの思いで人の山を振り切って戻ると仏頂面の姉さんに問答無用で引っ張られて。
カーテンの陰、ほんの少しだけの甘やかな時間。姉さんからの突然のキスは少しだけ驚いたけれど・・・・してやったりって思わず浮かんだんだろう含みのある笑顔になんとなく、考えてることは判ってしまった。
妬いてくれるのが嬉しいってのはある意味末期かな、とも思うけど・・・ちょうどいい、そのままコレ利用させてもらおう。
言葉ではないけれど、誰が見ても一目で判る所有印は何よりの牽制球だ。今後の虫除けにも一番効果的だろうしね。ただし僕は今までそんな素振りを露骨に出したことはなかったので・・・・それはそれできっと一騒動になるだろうケド。
そのときは姉さんにも覚悟決めてもらうからね。



その後『口紅の君』と囁かれるようになったアルフォンスの意中の相手が明らかになるのはまた少しばかり後の事になる。

                                  2006/10/01 脱稿
                           2006/10/07改訂・サイトアップ



いきなりやきもち焼きの姉さんが降臨しました。
普段こういう感情を表に出すのは弟であるアルのが多いと思うのですが・・・・口紅移しての自己主張ってのも案外色っぽいかなーなんて。同時にさすがにコレは兄さんでは書けないなと思いついた自分に苦笑い。
軍属姉弟設定というのは実は初めてです。この設定がこの後生きるかどうかもちょっと謎だったりするのですが・・・・うん。なんかおっこって来たときにはまた。