恋媛百華繚乱

恋華・ハイデリヒ異聞

二人が扉の向こう側へ帰っていって・・・・・僕は一人こちら側へ取り残された。
彼女が行ってしまって正直何かが切れてしまった。
いつしか僕の研究は彼女のためになってしまっていたことに今更気がついて。
失くしてしまってからこんなにも僕の中を占めていたことに気がつくなんて。
自分の馬鹿さ加減に泣くこともできずにいる。
手に入るなんて思っていたわけではなかったけれど、それでも彼女の語る世界に現実感は持てずにいた。
だから彼女・・・エドが僕の傍から消えるなんてことも信じていなかったんだと思う。
彼女の最愛の弟がエドを攫いに来るまで、僕にとっては本当にただの夢物語だったんだ。


その日、どうしてそういう気になったのか僕自身にも判らない。
幸いというか、僕は研究しているもののおかげで兵士としての召集は免れた。兵器への転用を求められ、研究の方向を曲げざるを得なくはなったけれど・・・・まだ随分と自由を保障してもらえている。
たまに与えられた休日。ふとかつての婚約者の(といっても子供の口約束だけれど)墓参りをする気になり、彼女が眠っていると教えられた小さな村へと足を伸ばす気になった。その日中に帰ってこられるか微妙な距離だったけれど、何故かそのとき行かなければならない衝動が抑えられなくて。
仲のよい同僚数人に出かける旨を伝えると僕はその村へと向かったのだ。


周りに何も無い、見晴らしのよいところだった。
どうしてよりにもよってこんなところにいるときに、ツェッペリンなんかが堕ちて来たのか。
詳しいことがわからない以上、どうしようもないけれど何故彼女がその事故に巻き込まれなければならなかったのか。
3年近く経っているというのにところどころにまだ焼け焦げた痕が見えるその場所で思いを馳せる。
彼女はその瞬間、一体何を考えながら逝ったのだろう。
ずっと共に歩いていこうと語り合った幼馴染は。

「・・・・・アルフォンス・・・・?」

空耳だと思った。
耳なじみのよいその声は。

「アルフォンス?」

絶望するなら期待なんかしたくないのに。
再び聞こえたその声に胸が高鳴る。
夢なら覚めてくれるなと。
ゆっくり・・・・ゆっくりと振り返った。

杖で体を支えながら少し離れた場所に立つその姿。
見たことないくらいに長く伸びた金髪。エドの瞳よりもずっと濃い榛色の瞳は間違いなく僕だけを見つめている。

「エディ・・・・?」
「そうだよ」

一言応えると躊躇わずに僕の腕の中に飛び込んできた、記憶の中よりも随分と細い体。その温もりはこの出会いが夢でなく現実のものだと教えてくれる。
それでもまだどこか信じられないでいる。
失ってしまったと思っていた僕だけの君の存在を。

「顔見せてよ」
「やだ」

腕の中の震える体が泣いていること、そしてそういう返答が返ってくることが判っていてあえて言ってみる。昔から意地っ張りで、けれどとても優しかったエディ。エドもそういったところはよく似ていて、一緒に暮らしていた間随分手を焼かされたものだ。
僕自身気がつかない間にいつしか僕の中で二人を重ねてみていたのかもしれない。
今こうしてエディが僕の元に戻ってきてようやく僕自身もそれに気がついた。

「なんだ、僕だって彼女のこと言えなかったんじゃないか・・・・」

エドが僕と彼の弟とよく似ていると目を細めていたように、エドとエディもよく似ているのだろう。だから僕はエドを放って置けなかったのだと思うし、一緒にいたいと思ったのだろう。

「助けられた後ずっと眠っていたらしいんだ。眼が覚めたのはついこの間で今は落ちた筋力のリハビリしてる」

ひとしきり泣いて落ち着いたらしいエディは赤くなった目元を隠しながらそう言った。
眠っていた期間は丁度エドがこちらに来ていた期間と符合する。
いろいろな奇跡が噛みあった繋がりがこの2年余りの期間に凝縮されていたのだ。
もう一人の君と互いに一番大切な存在を思いながら寄り添い必死に生きたこの期間のことをどうやって君に話して聞かせようか。想いを奇跡に代えて還っていった姉弟のことを。



.....................................................................................................................................2005/08/16 up




ふぅ・・・・・これで『恋華』、ほんとの意味で完結です。これがこの話の上での救済のつもりなのですが、果たして救済になってるのかしら(^_^;)
この後こちらの二人は今度こそ手を離さずに共に歩いていくと思われます(^^)
不穏な時代の中、それでも後悔しない一生を過ごしていくのでしょうね。
ハイデ氏に一つだけ心残りがあるとすれば一人じゃないと知らせれないことかしら。

実はこちらの話、最初は書く気がなかったのですが・・・・好きサイト様で救済話読んで
自分的に納得してしまっていたから・・・でもどう考えても片手落ちで。
できるだけ被らないように注意はしたつもりですが似たような表現が出てしまっていたら
申し訳ないな〜・・・・・・うーん。